2006年02月12日

となり町戦争・三崎亜記

全国の市町村の合併が進み、平成の大合併を始める前に比べると1,000以上の市町村が合併により消滅しています。
私の住んでいる町でも、2年程前に合併の話が活発になり、賛成派・反対派が論戦をはり、結局住民投票で合併はしないこととなりました。
以前も書いたことがあるかもしれませんが、そもそも平成の大合併は、国家予算が地方に廻す金に廻せないために怒った話です。
もっと根底には、税金の国と地方の配分が、実際の税金を使う側との配分と違うために、国が地方に補助金や交付金という形で配分しているために生じた問題です。
これには中央の役人と地方の役人の縄張りの取り合いという問題も絡んできます。
役人同士の面子の張り合いでもあるのです。
役人は当然国民の税金にて給料をもらっています。
住民の為に仕事をするのが役人の使命です。
それが、己の面子の為に仕事をしているというのが現状でしょう。
住民側から見ると、しょーもない事にエネルギーを費やしているとしか思えません。

ある日突然自分の住んでいる町が隣町と戦争始めてしまう。
それは、町の事業として行い、町の将来の為におこなわれる。
この本はそんなお話です。
その戦争も、役人チックに進められていき、住民への説明会もおこなわれていきます。
この本を読んで私は、先に書いた市町村合併を思い浮かべました。
多分、作者も市町村合併について、それをシニカルに書いているんでしょう。
戦争特例債が発行されるなんて、まるで合併その物です。

もう一つ、人の命についてこの本は考えさせます。
町の将来の為の戦争により命を落とすものがいます。
しかし、それは交通事故や病気で死んでいくようなこと、たまたま戦争で死んでしまった、この本の中で役人はそう考えます。
人の死なんて運命でしょう。
しかし、恣意的な事態によって、命を落とすということについて、それを運命で片付けることができるのでしょうか。

作者自身公務員だそうです。
公務員自身が自分たちのやっていることをシニカルに描いた作品です。
今年読んだ本の中で、bPの作品でした。

posted by 中は切っても発出さん at 22:01| 岐阜 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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