2006年03月05日

彼岸先生・島田雅彦

菊人の住む家の向こう岸に先生は住んでいたので、彼岸先生と菊人は先生のことを呼びました。
 彼岸・・・1 仏語。生死の迷いを河・海にたとえた、その向こう岸。悟りの境地をいう。
 2 「彼岸会(ひがんえ)」の略。《季 春》
 3 雑節の一。春分の日と秋分の日をそれぞれ中日とする各七日間。春の彼岸と秋の彼岸。
 4 向こうがわの岸。
菊人は4番の意味で彼岸を使いました。
しかし、最後には彼岸先生は、1番の意味の彼岸先生となります。
彼岸に対するのは此岸です。
 此岸・・・仏語。迷いの世界。悩みの多い現実世界。この世。
先生は恋愛をすることにより、悩み迷い、彼岸の世界へ到達します。

私は当然ながら、煩悩を持ち、此岸を迷い続けています。
先日、親戚の葬儀において、お寺のご住職の講話がありました。
「法名はお釈迦様の弟子としての名前であり、死んでから貰うものではありません。
 生前に仏門に入り、法名を頂いておくほうがいいのです。
 お釈迦様の弟子になること、即ち煩悩がなくなることです。」
まだまだ、法名をもらうまでには至っておりません。

彼岸先生は、法名をもらったわけではありません。
しかし、向こう岸へ行くことができました。
彼岸先生を理解することは、彼岸への世界に行くことなのです。
菊人は彼岸先生の弟子入りを試みますが、結局は此岸の世界で生きていくでしょう。
彼岸先生も、菊人にはまだ彼岸の世界に来ることは早いと思っています。

正直、訳のわかりにくい小説ですが、この小説はある意味宗教小説だったのでしょう。




posted by 中は切っても発出さん at 21:11| 岐阜 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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