2007年03月05日

ばんばひろふみ VS 綿矢りさ

本屋にて久し振りに本を買いました。
一ヶ月以上買っていませんでしたので、売っている本も様変わりしていました。
で、購入したのが綿矢りさの「夢を与える」。
本の帯に「芥川賞受賞第一作」とありますが、何年前に受賞したのやら。

綿矢さんは大変筆の遅い方と聞いたことがあります。
にしても、「蹴りたい背中」から3年経過してます。
デビュー作「インストール」から6年。
当時高校生だった彼女ですが、早稲田在学中に一冊しか発表していません。
「インストール」は文藝賞、「蹴りたい背中」は芥川賞、とういことは「夢を与える」でもなにか賞を取ってしまうのでしょうか。

しかし、三年に一冊とは、ばんばひろふみのオリンピックヒットなみですよ。
あ、ばんばさんは売れないだけで、曲は出していましたね。

しかし、普通ならそんなに間隔をあけてしまったら、忘れられてしまうのに、綿矢さんは逆にそれが話題になってしまいます。
さて、ぼちぼちと読んでいきます。
感想はまた後日に。

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2007年01月16日

絶対、最強の恋のうた・中村航

数少ない、我が母校の有名人、中村航の新作です。
相変わらず、普通の若い人の普通のお話なのですが、なんとなく引き込まれていきます。
どこにもいそうな学生が、大学生の時にこんな感じで恋愛をしていきます、という感じのお話。
でも、これって今の大学生はこんな故意はしないのではないのかな。
私らの世代の学生の感覚でしょう。

ところで、主人公の高校時代の英語の先生が登場します。
Z子(ズィーコ)こと大橋随子先生ですが、この先生は実在の人物です。
かなり、教え方にくせのある先生として登場しています。
実物もかなりインパクトのある先生です。
本作では書かれていませんでしたが、私が忘れられないこの先生の口癖は、
>イーザー若しくはアイザー、間違ってもエイザーと発音しないように
でした。
中村さん、次回はこの先生をメインに取り上げてください。

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2006年10月18日

夜のピクニック・恩田陸

24時間歩行なんて、今はもちろん若い時だって考えられません。
元々運動は苦手、しんどいことは避けて通る私にとって、こんな学校行事は無茶苦茶憂鬱な行事でしょう。

そんな私でも、実は大学の時に多少登山をしたことがあります。
登り始めは、周りは木立ばかりで、歩くことが苦になります。
これが、ある時点を過ぎると景色がパッと広がり、歩くことが楽しくなります。
ところが、はじめて山に登ったときは、先輩方の無謀な行動により、二日間の行程を一日で歩くという暴挙に出ました。
まあ、ただ単に歩くだけという状況になり、登山を楽しむことなんて、少しも出来なかった想い出があります。

夜間歩行や無茶な登山、若くないと出来ません。
そして、この無茶な行動の時には、一緒に歩いている人との絆は、このときだけは非常に強くなります。
こう書いていると、もっと若い頃に無茶しておけばよかったな、と後悔している自分にまた蔑んだ気持ちを持ってしまいます。

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4TEEN・石田衣良

14歳、中学二年生の時って、私にとっても思い出深いものです。
私の中学では、修学旅行が二年生の秋に実施されます。
一年生では早すぎるし、三年生では受験が迫っています。
そんな理由で中学生活にも慣れている二年生、その上クラスの仲間と分かり合えている秋に実施されたのだと、私は考えていました。
本書のあとがきで著者も、同じような理由でこの小説の設定を中学二年生にしたと書いています。

私が修学旅行で宿泊した東京の宿は、修学旅行生専用の旅館みたいでして、その後「ザ・ベストテン」の中継でも使われました。
私が中学二年生の時には、「いとしのエリー」「虹とスニーカーの頃」等が流行りました。
フォークギターやピアノで「いとしのエリー」を練習しました。
同級生の好きな女の子が「虹とスニーカーの頃」が好きで、その同級生はレコードをプレゼントをしましたが、結果は・・・。

確かにあの頃って、損得抜きで友達付き合いをしていました。
先のことなど、考えず(考えようとせず)行動していました。
子供だけれども、気分も体も少しずつ大人になっていく時代(とき)。
それが14歳だったような気がします。
そんなことを想い出させてくれた一冊でした。

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2006年10月02日

青空チェリー・豊島ミホ

先日、ミラーマン植草が今度は痴漢行為で捕まりましたね。
古くは、マーシーも覗きで御用となりました。
覗き行為は、まあ欲望はあっても、実行に移す人は少ないでしょう。
しかし、エロサイトの中に盗撮サイトの多いこと。
覗きに対する欲望を持っている人は多いのでしょう。

さて、覗きもアブノーマルですが、オナニーのしあっこなんて、はっきり言って変態の領域ですね。
それが、若い男女が、白昼堂々予備校の屋上で、隣のラブホを覗きながらオナニーしているなんて、エロサイト多しといえども、なかなか見つかることはないでしょう。

この本は、そんな男女のお話です。
しかし、非常に自然に書かれています。
読んでいて、エロ小説特有のいやらしさは全く感じません。
青春小説として、読めてしまいます。

作者の豊島さんは、あの綿矢りさと同じ早大出身。
多分、二人は大学で被っているはず。
綿矢りさの小説も、単なる青春小説ではなく、なにか引き寄せられるものがあります。
本作は、爽やかな青春エロ小説であり、80’アメリカ青春エロ映画(フィビーケイツあたりが主演)を彷彿させるものです。
最近、パッとしない早大ですが、こんな作家を輩出するなんて、まだまだ早大も捨てたもんじゃありませんね。


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2006年09月10日

絵はがきの時代・細馬宏通

私はこれまで、”コレクター”と呼ばれるほど何かを収集したことはありません。
とはいえ、子供の頃には一時期にわかコレクターになったことはあります。
カルビープロ野球カード、国鉄の切符、ベリカード(放送局へ聴取レポートを送るとその謝礼で送られてくるカード)は少し集めました。

カルビーのカードは、カード欲しさでお菓子を捨ててしまうという、社会現象がおき、問題となりました。
しかも、どちらかというと子どもの間での単なる流行だったため、私個人はあまり思い入れはありません。

しかし、国鉄の切符は多少の思い入れはありました。
今の切符と違い、昔は発駅と到着駅が印刷されていました。
いつ、どこからどこへ行ったかが、その切符により記録として残されるのです。
また、入場券にもその駅名が印刷されており、駅に行った記念にもなりました。
あと、今の切符と違い、厚紙で出来ており、重厚感もありました。

今から、20年ほど前の話ですが、高校のときに好意を持っていた女の子が、結婚するという日に、その女の子と同じ名前の駅に行き、その駅の入場券を購入したという、今から思えば赤面もんの想い出もあります。

さて、本書の著者は絵はがきを収集し、その研究成果をまとめました。
絵はがきの歴史から、ヨーロッパでの絵はがきの利用のされ方等々、今まで絵はがきに無関心だった私には、全てが新鮮な内容でした。
特に、明治期において、日本では、災害が起きると災害絵はがきが間もなく発売され、一つの情報伝達手段となっていた、という件は非常に驚きました。

さて、本書の著者は単なる絵はがきコレクターではありません。
元々は動物学を専攻し、動物の行動研究として、エレベーター内でのヒトの行動をまとめています。(その成果の一部は、正高信男「ケータイを持ったサル」で紹介されています。)
そして、エレベーター繋がりで、関東大震災で炎上して消失した”浅草十二階”を調べ、その過程で絵はがきに出会った、という経緯で本書が書かれました。
このような経緯の持ち主であることから、本書で紹介されている、中古絵はがきの画鋲の穴についての話など、単なるコレクターでは気付かない点も書かれており、非常に面白く読める本です。


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2006年08月20日

日米開戦の真実 〜大川周明著「米英東亜侵略史」を読み解く・佐藤 優

佐藤優、そうです、ムネオさん事件の時、外務省のラスプーチンと呼ばれた佐藤さんの歴史考証本です。
戦前軍部に多大な影響力を持っていた、大川周明の著作「米英東亜侵略史」を分析・解説しています。
大川の論理もほぼ完璧です。
佐藤の解説も的を得ています。

ポスト冷戦時における分岐点に立っている現在、いかにして太平洋戦争に突入していったのか、その論理的根拠は何なのかを知るべきではないでしょうか。
そんな人には、この本はお手軽に読めて、勉強になると思いますよ。

て、ことで最近歴史を勉強することが、非常に大切であると気付いた私です。
現在、東京裁判にて被告全員無罪の判断を下した、インドのパル判事の「パル判決書」を読んでいます。
これが、800ページ2冊の分量で、文庫本なのに一冊2000円以上もする大作でして、今年中に読破が目標です。

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2006年08月01日

国家の品格・藤原 正彦  大丈夫な日本・福田 和也

バブル経済が崩壊し、少しずつ上向きではあるというものの、まだまだ完全に経済は復活していません。
毎日、子供殺しや、少年犯罪の報道があり、殺伐とした社会です。
また、中国や韓国は政治的見地で日本にいちゃもんをつけるは、北朝鮮はミサイルを発射するは、近隣国家との関係もギクシャクしています。

「国家の品格」「大丈夫な日本」はそんな日本が、日本国民が今後どのように振舞えばいいのかを書いています。
「国家の品格」は、「情緒」と「形」を重じることが必要だと書いています。
論理的・効率的に行動するのではなく、情緒というものを忘れずに、そして形を大事にしなさいと著者は書いています。
「大丈夫な日本」では、近代からの脱却を勧めています。
近代は現在においての最大幸福を求める、刹那的なものであり、未来のことを考えない水平論理の思考です。
それを、持続可能な垂直論理で考えれば、将来はあるよ、と書いています。

「国家の品格」では武士道を、「大丈夫な日本」では江戸時代をその例としてあげています。
両書とも、これまで日本という国は、外国にはない独自のやり方で、安定した国家を作った実績があるので、それをもう一度見直しましょうと書いているのだと私は感じました。
アメリカ・西洋信仰、つまり近代文明を捨て、日本人の力で安定社会を築くことが必要なのです。
その為に、今一度歴史を学ぶことが大切であると痛感しました。

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2006年07月19日

博士が愛した数式・小川洋子 →訂正:博士の愛した数式

私は学生時代数学が好きでした。
なぜならば、我々が習う数学には答えがあるからです。
答えを導き出すために考え出した数式は、それが正しければ必ず正解が求められます。
間違った数式ならば、問題と違った答えが出てしまいます。
やり方は色々ありますが、そのやり方が正しければ、どのやり方でも全て同じ解が導き出されます。

この話の中でも出てきたましたが、ゼロという概念は数字があみ出されたかなり後になって、その概念が発見されました。
今となってはゼロが存在することは当たり前ですが、ある意味不思議なことです。
数学というのは、簡単な今では常識であることを証明することが困難です。
1+1=2を証明することに全力を尽くしている数学者がいたということを以前聞いたことがあります。

数字というのは、非常に奥が深いものです。
正直であり、神秘なものです。
博士はまさに数式みたいな人でした。
記憶が80分しかもたないので、何度も同じことを聞きます。
1+1が必ず2になるのと同じように。
そして純粋無垢なのです。

現代社会は数式で表されないことが多いでしょう。
1+1が0になるときもあれば、3になる場合もあります。
でも、博士の世界は必ず2になります。
犯されていない純粋な世界だからです。
そして、純粋に義姉を思う気持ちも、数式のようにいつになっても答えは変わりませんでした。
義姉は0や3に答えを変えようとしましたが、博士の答えはいつも数式と同じ2でした。
そして最後に義姉も1+1=2になったのでした。


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2006年05月27日

100回泣くこと・中村航

歌の世界では、ヒット曲が出ると、その曲に似通った曲が何曲か発売されます。
テレビ番組でも、ヒット番組のパクリ番組がいくつか放送されます。
その他、様々なヒット商品に対して、類似品はつきものです。
ここ最近、小説では愛する人が死んでしまうストーリーが流行っているようです。
「セカ中」「いま、会い」「東京タワー」等々・・・。

この「100回泣くこと」も、まさしく類似品でした。
確かに、泣き所はあります。
そこだけ読めば、お涙頂戴です。
でも、それだけなんです。
もう一つ心に訴えるものがありませんでした。
狙いに行ってしまったという感じがあり、著者の個性が消えている感じでした。
可愛いだけで、いまひとつ印象に残らないアイドル、やることはやっているけれども、いまひとつ興奮しないAVのようなものです。

私はこの著者の本は、この本が二冊目でした。
最初に読んだのが、「リレキショ」という確かデビュー作でした。
「リレキショ」はストーリー自体は起伏はありませんが、何か心に残るストーリーでした。
派手さはありませんが、いぶし銀のような渋さを感じさせます。
また、文体も読みやすく、期待している作家です。
是非、今度はヒットをねらわずに、自分の書きたいことを書いて欲しいと願います。
私の高校の後輩でもあるので、一流作家となって、母校に凱旋講演でもしてください。


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2006年05月23日

人は見た目が9割・竹内一郎

ズバリ、「本はタイトルが9割」と教えているような本でした。
最近の新書は結構タイトルだけの本が多いようです。
先日読んだ「オニババ化する女たち」もタイトルだけだと、どんな鬼嫁の話が書いてあるのだろうと、期待して読んだら、非常にマジメなお話でした。

さて、今回のこの本は、久し振りにタイトルに騙されたと感じました。
私は、営業職なので、人の印象は見た目で決まるので、どのようにしたら好印象を与えるのか、というような内容かと思って期待したのですが・・・。
言葉での伝達力は1割、人の表情や声色等々のコトバ以外の要素が、本当のことを伝達するのですよ、なんていう内容でした。
私も40年以上生きてきましたので、それくらいのことは知っているつもりです。

話は変わりますが、歌舞伎の忠臣蔵はご存知の方も多いでしょう。
忠臣蔵も色々ありまして、有名なのは仮名手本忠臣蔵です。
他にも、碁盤太平記や元禄忠臣蔵なんてのもあります。
その、元禄忠臣蔵で南部坂雪の別れという場面があります。
【大石内蔵助が討入前夜に浅野の未亡人瑶泉院へと報告に訪ねたが、吉良側の密偵が居ることを察知して「討入など考えてもいない」と嘘の報告をして瑶泉院はこれに激怒してしまう。折角の報告も出来ずに大石は口惜しいながらも雪の南部坂を下って行く】
というのが簡単なお話です。
この中で、「討ち入りなど考えていない」と嘘の報告をし、瑶泉院になじられるところなどは、大石が悔しさともどかしさを言葉ではなく、表情や細かな動きだけで表現するところです。
このような演技を腹芸といいますが、この南部坂のシーンなどはKING OF 腹芸だと思います。
歌舞伎のような大衆文化もそうであるように、日本では昔から言葉ではなく、それ以外で自分を表現するということが好まれてきています。
歌舞伎や演劇の世界では言葉以上に表情や細かい動きが大事です。

このように、歌舞伎や演劇を楽しむことが出来るならば、この本は読む必要はありません。
まあ、この本を読んで、いままでのことを振り返り、これからもう一度注意を促すにはいいかもしれませんね。


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2006年05月09日

東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜・リリーフランキー

ちょうど12年前のゴールデンウイーク明けに、私の母は病院の再検査を受け、癌だと診断されました。
6月に手術、先生からは、早くて半年の命と言われました。
その時のショックは今でも忘れることが出来ません。
しかし、その後おかげさまで、半年が過ぎ一年が過ぎ、母親が癌であることさえも忘れるまでに回復しました。
その間に、私も子供が二人できました。
母にとって孫が二人(姉の子供も生まれたので、本当は三人)増えました。
本当は癌ではないのではないかと思えるほどでした。

しかし、癌は母の体の中で、おとなしくしていただけでした。
最初の手術から4年経過した頃、癌は活発になっていきました。
そして、その年の12月、帰らぬ人になりました。
母が最後に私に言った言葉は
「お金はいいかね」
でした。
いつも金に困っていた私だったので、そのことが母には心配だったのでしょう。
最後の言葉がこんななんて、まったく情けない息子でした。

さて、本年度の本屋大賞のこの作品、そのストーリーに涙を流したのではなく、自分の母親の最期を思い出し涙が流れてしまいました。
作者も私も同じように母親を亡くし、その気持ちは充分私にはわかりました。
しかし、巷で言われているように、ただその内容に感動することはありませんでした。
只々、母親の最期を思い出し、胸が切なくなりました。
この本が、たくさんの人に賞賛されていることは、それはそれでいいのですが、作者の気持ちが伝わるのは、本当に母親を亡くした人だけのような気がします。

その点以外の内容いついては、さほど面白いとは思いませんでした。
女で一つで子供を育てるのは、大変でしょう。
今の子供たちと違って、当時の子供なんて(私も同年代ですが)、あんなもんでしょう。
ただ、時々登場する、オトンが非常にいい味出していました。
そして、オカンとオトンが別居した理由が、オカンが死んだ後にオトンから語られるところなど、オトンの存在感がはっきりします。
この本は、オトンなしでは面白く読める本ではなかったでしょう。

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2006年04月24日

さくら・西加奈子

久し振りに本を読んだ週末でした。
ここんとろこ忙しくて、ばたばたした日々を送っていましたので、ゆっくり本を読めて、満足の休日でした。

さて、今回読んだのは「さくら」。
桜の話かと思いきや、「さくら」は犬の名前でした。
「せか中」「今、会い」同様のお涙頂戴の物語です。
作者の期待通りに、涙を流しました。

しかし、この手の本は、カスタマーレビューではあまり評判がよろしくありません。
”話がとっぴおしすぎる”
”テレビドラマみたいだ”
等、結構酷評されています。
確かに、「さくら」も話としては、そんなことは現実にはありえないだろう、というストーリーです。
しかし、小説なんてそんなもんでしょう。
特に娯楽小説なんて、読んで面白ければいいのではないのでしょうか。

そういう点で「さくら」は面白く読めます。
しかし、話の焦点が定まっていない感は否めません。
また、「さくら」と犬の名前をタイトルにした割には、「さくら」の存在感が薄かったのではないのでしょうか。
まあ、本を読んで涙を流したい人は、是非読んでください。

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2006年03月05日

彼岸先生・島田雅彦

菊人の住む家の向こう岸に先生は住んでいたので、彼岸先生と菊人は先生のことを呼びました。
 彼岸・・・1 仏語。生死の迷いを河・海にたとえた、その向こう岸。悟りの境地をいう。
 2 「彼岸会(ひがんえ)」の略。《季 春》
 3 雑節の一。春分の日と秋分の日をそれぞれ中日とする各七日間。春の彼岸と秋の彼岸。
 4 向こうがわの岸。
菊人は4番の意味で彼岸を使いました。
しかし、最後には彼岸先生は、1番の意味の彼岸先生となります。
彼岸に対するのは此岸です。
 此岸・・・仏語。迷いの世界。悩みの多い現実世界。この世。
先生は恋愛をすることにより、悩み迷い、彼岸の世界へ到達します。

私は当然ながら、煩悩を持ち、此岸を迷い続けています。
先日、親戚の葬儀において、お寺のご住職の講話がありました。
「法名はお釈迦様の弟子としての名前であり、死んでから貰うものではありません。
 生前に仏門に入り、法名を頂いておくほうがいいのです。
 お釈迦様の弟子になること、即ち煩悩がなくなることです。」
まだまだ、法名をもらうまでには至っておりません。

彼岸先生は、法名をもらったわけではありません。
しかし、向こう岸へ行くことができました。
彼岸先生を理解することは、彼岸への世界に行くことなのです。
菊人は彼岸先生の弟子入りを試みますが、結局は此岸の世界で生きていくでしょう。
彼岸先生も、菊人にはまだ彼岸の世界に来ることは早いと思っています。

正直、訳のわかりにくい小説ですが、この小説はある意味宗教小説だったのでしょう。




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2006年02月19日

平成マシンガンズ・三並夏 その2

以前、この本を読む前にとりあげて、読んでからまた書きます、と書いていたことをすっかり忘れていました。
ということで、今日はこの本の感想を。

まず、句読点が少なくて、非常に読み難かったですね。
私みたいな読解力の乏しい人間は、一文が短くなければ、なかなか読みにくいですね。
(と言いつつ、私の文章は、一文が長くて、読み難いとは思いますが・・・)

内容的には、家庭内でも学校でも、環境に恵まれなくなり、歪んでいく少女の愚痴みたいなお話です。
尾崎豊じゃないですが、
”学校や家には、帰りたくない〜”
と、自分ひとりで空に篭っていってしまう少女です。
丁度中学生の頃は、子供から大人へ向かっていくスタートラインのような年頃です。
そんな環境に戸惑っている少女の話です。

内容的には、すばらしいとは思いませんでした。
ただ、中学生がこれだけの文章を書けるという点では、賞賛すべきものです。
いまだに小学生並みの文章しか書けない私は、彼女の小説を批評する資格もないのでしょうがね。



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2006年02月12日

となり町戦争・三崎亜記

全国の市町村の合併が進み、平成の大合併を始める前に比べると1,000以上の市町村が合併により消滅しています。
私の住んでいる町でも、2年程前に合併の話が活発になり、賛成派・反対派が論戦をはり、結局住民投票で合併はしないこととなりました。
以前も書いたことがあるかもしれませんが、そもそも平成の大合併は、国家予算が地方に廻す金に廻せないために怒った話です。
もっと根底には、税金の国と地方の配分が、実際の税金を使う側との配分と違うために、国が地方に補助金や交付金という形で配分しているために生じた問題です。
これには中央の役人と地方の役人の縄張りの取り合いという問題も絡んできます。
役人同士の面子の張り合いでもあるのです。
役人は当然国民の税金にて給料をもらっています。
住民の為に仕事をするのが役人の使命です。
それが、己の面子の為に仕事をしているというのが現状でしょう。
住民側から見ると、しょーもない事にエネルギーを費やしているとしか思えません。

ある日突然自分の住んでいる町が隣町と戦争始めてしまう。
それは、町の事業として行い、町の将来の為におこなわれる。
この本はそんなお話です。
その戦争も、役人チックに進められていき、住民への説明会もおこなわれていきます。
この本を読んで私は、先に書いた市町村合併を思い浮かべました。
多分、作者も市町村合併について、それをシニカルに書いているんでしょう。
戦争特例債が発行されるなんて、まるで合併その物です。

もう一つ、人の命についてこの本は考えさせます。
町の将来の為の戦争により命を落とすものがいます。
しかし、それは交通事故や病気で死んでいくようなこと、たまたま戦争で死んでしまった、この本の中で役人はそう考えます。
人の死なんて運命でしょう。
しかし、恣意的な事態によって、命を落とすということについて、それを運命で片付けることができるのでしょうか。

作者自身公務員だそうです。
公務員自身が自分たちのやっていることをシニカルに描いた作品です。
今年読んだ本の中で、bPの作品でした。

posted by 中は切っても発出さん at 22:01| 岐阜 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月29日

平成マシンガンズ・三並夏

実はまだこの本を読んでいません。
読んでいないのに採り上げてしまう、無茶な話です。
昨日本屋に行きました。
最近は文芸ブームなのか、小説がたくさん並べられていました。
そんな中で手にとってしまったのがこの本です。
それは、帯に書かれてある”史上最年少*15歳 第42回文藝賞受賞作”の文字が目に付いたからです。
そういえば、テレビか新聞でそんなこと言っていたな、と思い中身をチェック。
110ページほどの長さですが、1ページの文字数が少ない。
チョッとびっくりでした。(まあ、定価1000円ですので)

この文藝賞、昔から低年齢者が受賞しやすい賞です。
確か史上最年少芥川賞受賞者の綿矢りさも本賞受賞者です。
古くは「アイコ16歳」の堀田あけみもそうです。
15歳でいっぱしの小説が書けることは、私はとても羨ましく思います。
なかなか文章が思いつかない私には、文章が書ける人は神様のようです。
まあ、15歳だろうが私にとっては雲の上の人ですよ。

活字離れが言われて月日は経ちました。
しかし、本屋も活気がありますし、このように大変若い人が、どんどん小説を書いています。
活字離れは中年以上の人のことじゃないかな、と私が今フッと思いました。
若い人は、結構本を読んでいるのじゃないでしょうか。
確かに若い人が読んでいる最近の小説は、平易な文章で書かれています。
内容も、年寄りには理解しにくいかもしれません。
明治の文豪のような固い小説ではありません。
でも、小説も時とともに変化するものです。
だからこそ、三並さんのような若い作家が誕生するのではないのでしょうか。

私も20代は殆ど本を読んでいませんでした。
しかし、今となっては本のない生活は考えられません。
知識を得、感情を豊にできるなんて、本は本当にいいものです。
ちなみに、「平成マシンガンズ」についての感想は、後日に書かさせていただく予定です。



そういえば、「微笑がえし」はどうなったのでしょうね?
と、突っ込まれそうですが、やはりなかなか書くということは難しいと実感しております。

posted by 中は切っても発出さん at 20:59| 岐阜 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月15日

うたかた/サンクチュアリ・吉本ばなな

で、この本ですが、「ナラタージュ」よりも強烈でそんなことないだろう、と突っ込みを入れたくなるような話なんですが、何故か感情移入ができる作品でした。
「キッチン」もそうですが、恋愛を前面に押し出していない恋愛小説です。
さらりと書かれていますが、結構ヘビィーなエピソードが入ってたりして。
「ナラタージュ」はしっくりいかないものが読後に残りました。
しかしこの本は、読後感が爽やかになる小説です。

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ナラタージュ・島本理生

本の雑誌が選ぶ2005年上半期bPの作品です。
高校時代の先生のことを、忘れられないというお話です。
その先生も、別居はしているものの、妻ともう一度やり直したいと思っています。
でも、先生もその生徒のことが好きなんです。

こんなお話ですが、
@違う男も好きになるが、やはり先生が忘れられない主人公
A(ある事情で別居中だが)妻がおり、妻と別れる気がないのに、主人公を好きになる先生
という2大ジレンマをもつ二人。
この矛盾に悩みながら、いくつかのエピソードが組み込まれますが、このエピソードがどうも作り物臭いのです。
恋愛小説なんて、所詮作り物の世界です。
そんなことあるわけないぞ、と突っ込みを入れたくなるエピソードなのに、何故か物語にのめり込んでしまうのが、上手い恋愛小説だと私は思います。
このお話は、いまひとつ感情移入ができなかったですね。

主人公と付き合っている男(大学生)に、先生の元に行くのなら、土下座して謝れと言われ、本当に土下座をする主人公。
あるレビューでは、この男に批判的な意見がありましたが、まあ大学生の男の子が、彼女を失いたくなくて、あのような行動に出るところは、逆にリアリティを感じましたが。

まあ、文章も綺麗ですし、もう少し人生経験を積むと、島本さんももっと上手い恋愛小説が書けるのではないでしょうか。(と、偉そうなことを言ってしまいます)

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2006年01月03日

年頭に思うこと

ここ数年、自分の頭の衰え防止も含めて、読書をするようになりました。
当初は、ビジネス書や啓蒙書などが多かったのですが、昨年から小説も結構読むようになりました。
そこで感じたのが、自分が如何に小説を読んでいなかったということでした。
子供の頃にあまり本を読んでいませんでしたし、時間が有り余っている大学時代も年に数冊程度、就職してからは殆ど読んでいませんでした。
故に、今頃になって20年ほど前の話題作を読んでいるという、少し恥ずかしいことをしています。

今日、久し振りにBOOK OFFへ買い出しに行きました。
私はこれまで特定の作家を読みつくしたことがありませんでした。
そこで、昨年からお気に入りで読んでいる、鷺沢萠を読みつくそうと決心しました。
(セコイ話ですが)鷺沢さんは既にお亡くなりになっているので、新刊が出版されることは(ほぼ)ありませんので、ひたすら読めば、全てを読みきることができます。
そういうことで、本日は鷺沢作品を7点購入。

今年はいよいよ本厄年でもあり、体も心も頭も衰えが目立つかと思われますが、本や音楽は今まで以上に、そして今年は映画も観るように心がけ、せめて頭と心はリフレッシュしていきたいと考えます。
今年も私の稚拙なレビューにお付き合いください。

PS.
しかし、本当に問題なのは体の衰えを如何に抑えるかです。
元々体力のない私ですので、体を鍛えなければいけないのですが、どうも苦手で・・・。
posted by 中は切っても発出さん at 21:46| 岐阜 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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